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2007年7月17日 (火)

自然観光開発~バンポーン村の公共事業(2)

自然観光開発も王様のプロジェクトです
バンポーン村の自然観光開発プロジェクトは、王様と
バンポーン村とメイジョウ大学との3者の協働で進められています。
メイジョウ大学は、
70年前に創られた実践的な総合大学です。創設当初は東北部や南部の学生たちが多かったようですが、現在は、このあたり(西北部)からの学生も増えてきました。バンポーン村からメイジョウ大学に入った子もたくさんいるとのことです。
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写真①はバンポーン村のエコツーリズム開発センターにあったメイジョウ大学の校章です。タイでは、龍は雨を降らせる神としてあがめられていて、農業大学の象徴とされる場合が多く見られます。
大学で王様のプロジェクトに習った学生たちは、自分たちの地域に戻って、プロジェクト等に参加し、大学での理論と実践とを役立てているとのことです。

バンポーン村は100年位前からの村です。

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村に伝わる約束事が、村のルールブックとして冊子になっていました。冊子にしたのは7年前のこと。現在、100人くらいの村人が、プロジェクト関係で働いているそうです。20年前から王様のプロジェクトに参加しているハンさんは、現在は、村の議員(10人くらい)のうちの1人で、村の中心的役割を担っています。
ハンさんは、プロジェクトの行われている山を車でまわって見せてくれました。

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写真③は農業エコツーリズム開発研修所。

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山のあちらこちらで、働いている若い人たちを見かけました。写真④の右隅に小さく写っているのは、メイジョウ大学の学生さんのようです。

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農作業用具を担いで、バイクに2人づつ乗って、バンポーン村の道路をさっそうと走っていく彼らの姿は、とても好ましく私の目には写りました。(中島とみ子)

次回は、エコツーリズム開発センター~バンポーン村の公共事業(3)

 

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2007年7月 7日 (土)

ダム~バンポーン村の公共事業(1)

30年ほど前のこと、メイジョウ大学の卒業式に出席した王様が、この付近の地図を見て、大学の後ろに開発していない土地があるのを知り、「なぜか」と見学に来ました。メイジョウ大学は、チェンマイ市街地から車で北へ1時間ほどのバンポーン村にあります。
バンポーン村の人々は、皆、王様が来たのでびっくりしたそうです。
王様はその1年後、地域のためのプロジェクトを発足させました。プロジェクトの名前は「王様の言葉」。
「村の中で一番ほしいのは何か」と王様に聞かれた村人は、「水」と答えました。
それを聞いた王様は、3キロ先に、水田のために大きな貯水池(ダム)を作るプロジェクトを計画したそうです。22年前のこと。

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バンポーン村に住むソム・チャイポーン・ハン(42才男性)が、ダムに案内してくれました。彼は、村のリーダーの秘書をして、20年前から村の王様のプロジェクトに関わっています。
舗装された広い道を登り詰めたところにダムがありました。写真②の奥の水色の屋根は休憩所。土手には、大きな白い文字が書かれていました。③は、ダムから水を放出する口です。

このプロジェクトのために、役人や役所の人が大勢やって来て、村の人たちは穴を掘る仕事などを手伝いました。王様は、「ほかの村の人ではなくこの村の人だけで掘るように」と言われたそうです。
男も、女も工事に出ましたが、男は1120バーツ、女は80バーツ、そして、セメントなどを扱う専門の人は、1150バーツのお金をもらって仕事をしました。この貯水池の工事には、1年半の期間がかかりました。

「ダム(貯水池)ができて、たくさん米が取れるようになりましたか?」とソム・チャイポーン・ハンに尋ねました。

ダムができる前の稲作は、雨季の11月に田植えをしていただけで、年1回の収穫だったが、現在は、2回収穫できるようになった。1回目は7月に田植え11月に刈り入れ。12月は田んぼを休ませて、2回目は1月に田植え4月に刈り入れる。そして、5,6月は休み。ダム(貯水池)ができて、米、果物、花など、何でも植えられるようになった。野菜は、池のそばの高いところに作り、米は一番低いところに作る。米はたくさん収穫できるようになったが、チェンマイの田は大きくないので、自分の家で食べるぶんだけ作っている。
年1回の米作りの時、水が足りなくなったことはないが、雨が降りすぎると洪水になることはあった。ダムができて、洪水もなくなった。
王様のプロジェクトがはじまる前は、このあたりで一番貧乏な村だったが、今は、一番豊かな村になった。

ソム・チャイポーン・ハンさんの最後の言葉が印象的でした。現在も、この村で4つのプロジェクトが続いています。

次回は、自然観光開発プロジェクト~バンポーン村の公共事業(2)

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2007年7月 2日 (月)

共同の仕事~ナコンナヨッ県(5)

ノンカンチャン村のお寺は、村の入り口にありました(写真①②)。お寺の境内には、何基もスツーパが立っていました。スツーパは、日本の墓石と同じですが、1人に1つのスツーパが立てられます。写真③の右側に見える塔は、焼き場です。

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ノンカンチャン村では、2年前に村の共同の仕事としてお寺から水道を引きました。水道を引く仕事は、バパー・ムバーム。バパーは水道、ムバームは村の意味です。水道は、2年前の暑いとき、雨が降る前の3月ころにつくりました。 お寺は、地下水を掘って水を確保していたのです。バパー・ムバームは村の選挙で選ばれた議員や、プロジェクトのグループが計画して行われました。この時、村の議員は2人、プロジェクトのグループは10人くらい。

ノンカンチャン村は、学校の先生や公務員をしている人もいますが、ほとんどが農家です。村人みんなで行う共同の仕事には、水田の道を造るときの、パターナ・タノ(ン)もあります。パターナは発展、タノ(ン)は道。
パターナ・タノンはお金をもらえない仕事。
村長が招集して行われますが、村の人が一緒に作業をします。男女どちらでも暇な人が1家族から1人以上でることとされていますが、忙しいときは出なくてもよいそうです。パターナ・タノ(ン)は、今ではあまり多くはおこなわれていません。
ちなみに、タン・タノ(ン)は、お金をもらえる仕事のことをいいます。


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1970年代頃、ノンカンチャン村では、 農作業に機械(耕耘機)を使う農家が多くなりました。それまで水牛で行っていた作業が速くできて楽になったそうです。モーターで水を吸い上げるこ ともできるので、いつでも米作りができるようにもなりました。そして、2年前からはナープラン(1年に3回の米作り)がはじまりました。

滞在中に私が目にしたノンカンチャン村の米作りは、自然の恵みを受けているというより自然を効率的に利用しようとする意欲が感じられました。6万~7万バーツする機械を現金で購入する農家は、食べるための米作りから、売るための米作りへとその軸足を変化させざるをえなくなっているようです。
ナープランになって、米作りに関する儀式はあまり行われなくなりました。 収入は多くなりますが、米の価格次第で、3倍になるとは限らないようです。(中島とみ子)

次回は、ダム~バンポーン村の公共事業(1)です。


 

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