« 2007年3月 | トップページ | 2007年5月 »

2007年4月26日 (木)

塩田(補足)

塩田(1)で、乾季の塩田を見たことがありませんと書きましたら、2月の塩田の写真を見せてもらえました。せっかくですので「塩田(補足)」として掲載することにしました。
ツレサー・コンケーンの塩田は、バンコクの西でしたが、今回紹介する写真はバンコクから東の方向にあるバンナコン川河口付近の塩田です。
伺った話とともに写真を紹介します。

Dsc09253

酸性硫酸塩地帯の調査の途中、塩田で働いている人が見えたので、車を止めました。塩田のそばに小屋がありましたが休み場所として使われているようです。この地区では、塩田で塩になるので、製塩するための釜などは必要ないようです。

Dsc09290_2
働いていた人に聞いた話。
ローラーを引くのは、地面をならして塩をとりやすくするため。一度に塩を作ると人手が足りないので、順番に田に海水を張って、塩のとれる時期をずらしている。2週間くらいで干し上がり、塩をもらう。塩田1つの面の大きさは59歩×52歩くらい。1つの面からの収入は1万5千バーツから2万バーツ。

Dsc09299_1

写真は海水を引き込むための堀(④)と取り込み口(⑤)。

Dsc09294_1Dsc09300_1

この塩田は、海水を張ってから4日目。この海水をなめてみたら、とてもしょっぱくて、にがかったそうです。

Dsc09295410_1Dsc093015952_1

バンコク近郊に広がる塩田は、近年、大きな転換期を迎えています。
20年くらい前から、多くの塩田が、エビ養殖所として使われるようになりました。ところが、エビの価格が下がった近年では、
バンコクの経済成長を背景に、工場用地として使われるようになっています。売買価格は、100万バーツとも200万バーツとも聞きます。

Dsc03490Dsc03491

写真⑧⑨は、ツレサ・コンケーンの塩田地帯で見かけた工場です。白い塀とマシンナリー・インダストリと書かれている看板がまだ新しく、最近建てられたもののようでした。広く平らな塩田は、工業用地としても有益な土地なのでしょう。タイで、自然の恵みとして「もらっていた塩」を作り続けてきた人たちが、土地を手放し、そこに建てられた工場で働くようになるのも、そう遠い時期ではないのかもしれません。(中島とみ子)

次回は、「朝粥店~ハジャイの朝(1)」です。

| | コメント (0)

2007年4月23日 (月)

ラオスの製塩所~塩田(2)

タイでは、海から遠く離れた東北部でも塩がつくられています。
前回お話ししたツレーサ・コンケ―ン地区は、海に近く、海水を引き込んだ田で塩を作っていました。でも、東北部では、地下水に塩分が含まれているので、農家の人たちが、乾季に、塩分を含んだ地下水をくみ上げて塩をつくっています。

写真は、タイではなく、ラオスのバンケン村の製塩所です。バンケン村は、タイ東北部からビエンチャン(ラオス)に入って、北へ60キロぐらいのところにあります。メコン川を挟んで国としては分かれていますが、タイ東北部とバンケン村とは同じような状況で、同じように地下水を汲み上げて塩を作っています。それなので、私は、ラオスに入っていませんが、写真とその説明を聞くことができましたので使わせていただきました。

Dsc00966

写真左に見えるのが、地下水を汲み上げるための櫓です。ここで汲み上げられた地下水は塩田に流し込まれます。製塩小屋も見えます。
製塩所の中の様子は写真②③です。

Dsc00971

Dsc00972

製塩所を訪れた時、スコールにあったそうです。写真は、スコールが過ぎるのを待つ人たちです。雨宿りをしている人たちの中には、製塩所で働いている人もいたのでしょう。子どもたちの姿も見えます。⑥

Dsc00937_1

Dsc00939_1

Dsc00929_1
話をタイ東北部に戻します。


タイ東北部の農家でも、乾季の副業として、地表に表れた塩を集めたり、バンケン村と同じように地下水を汲み上げて塩づくりを行っています。でも、タイ東北部では、多くの森林が伐採されたこと、また、塩田で不要になった塩水が農業用灌漑路に流されていることなどによって、塩害が生じているそうです。
そして、タイの気候の特徴である乾季、雨期の繰り返しが、塩分濃度を上昇させ、塩害問題をいっそう深刻化させているとのことです。
タイ東北部の塩害について、詳しく調査している論文を見つけました。以下がそのアドレスです。参照してみてください。

http://www.research.kobe-u.ac.jp/rcuss-geo-env/jigsaw_strategy.pdf

また、タイ東北部では、酸性土の問題も抱えています。酸性土の問題については、別に、「バンナ試験場のシリーズ」としてお伝えするつもりです。(中島とみ子)

次回は、「塩田(補足)」です。

| | コメント (0)

2007年4月17日 (火)

塩の直売所~塩田(1)

バンコクと水上マーケットをつなぐ道路の途中に、塩の直売所がたくさん並ぶ地区がありました。ここは、ツレサー・コンケーン地区。直売所の背後には見渡す限りの塩田が広がっていました。

Dsc03477

Dsc034792

鮮やかな赤のパラソルをかざしている塩の直売所に立ち寄りました。
並んでいたのは、細かい塩と粗い塩の2種類。粗い塩は2キロ入り20バーツ、4キロ入りは40バーツ、細かい塩1キロ袋4つで1束、40バーツ。大袋は10キロ入りです。赤いパラソルの下には、ザルにきれいに並べられた干魚も売られていました。
私は、細かい塩1束を購入しました。
Dsc03493  

Dsc03496

店番をしていた30歳代の女性に話を聞くことができました。
彼女は、10年前から夫と2人で塩作りを始めたとのことでした。
売店での売り上げは、月曜日から木曜日は、だいたい11000バーツくらい。土日は、もっとたくさん売れるそうです。

塩づくりを行うのは、12月から3月の乾季だけです。まず、2キロ先の海から海水を引いて田に海水を張り、45日間そのままにしておきます。そのあとは1週間で塩ができるそうですが、そのときが忙しいので、近くの人56人に手伝ってもらいます。彼女には16歳になる子どもがいますが、塩づくりの手伝いはしないそうです。

塩づくりの季節になると塩田には、白い小さな塩の山がたくさん見られるということですが、私がタイを訪れるのはいつも7~8月なので、塩の山はまだ見たことがありません。(中島とみ子)


次回は、「製塩所~塩田(2)」です。



 

| | コメント (0)

2007年4月 9日 (月)

マーケットの中心 ~水上マーケット(7)

舟を下りた私たちが自動車で向かったのは、水上マーケットの中心部でした。
観光バスが何台も停車している広場で車を降り、桟橋へ行きました。

桟橋は大きな屋根が付いていて、土産物や食べ物を売る店が所狭しと並んでいました。たくさんの観光客がおみやげを見たり食べ物を買って食べたりしていました。

Dsc03682

Dsc03672_1

水路には、食べ物を積んだ舟が、桟橋を歩く観光客とボートに乗った観光客と、両方に対応できるように止まっていました。

Dsc03673_2  Dsc03687_1
大量の炊いたタイ米を積んだ舟が止まっている前では、若い男女が桟橋に坐ってそのタイ米をおいしそうに食べていました(写真⑤)。また、舟と桟橋との両方を使ってタイラーメンを売っている舟もありました。舟の中には、麺をゆでる鍋と女性が、そして食器は桟橋に腰掛けた男性の隣にありました。舟と桟橋の両方に材料が積まれていて、観光客は、桟橋の段の上で注文したラーメンを受けとります(写真⑥)。

Dsc03666_1
Dsc03679

桟橋の上でも、屋台のようにたくさんの食べ物の店が開かれていました。
私たちは、焼きたてのタイ風たこ焼き、揚げたての串フライ(?)や菓子、ドラゴンフルーツなどを買い集めてきて、
桟橋の上に置かれていたテーブルに坐り、昼食にしました。

Dsc03675_1 Dsc03676_1  
Dsc03685_1

水上マーケットの中心部のにぎわいを水路に架かる橋の上から写しました。写真手前の舟に積まれている帽子は、トップが平らなのがタイ帽子、とがっているのがベトナム帽子だそうです(写真⑩)。

Dsc03648_1
面白いものを見つけました。日本の招き猫のような形をした女性の人形です(写真⑪)。人形の左には、タイの国旗、そして王様とその奥さんの旗、右にはストローがさされたペプシ(?)が供えられていました。たくさんの観光客を招き寄せる商売繁盛を願う人形なのでしょう。

Dsc03669

(中島とみ子)

次回は、「タイの塩田」です。

 

| | コメント (2)

« 2007年3月 | トップページ | 2007年5月 »