塩田(補足)
塩田(1)で、乾季の塩田を見たことがありませんと書きましたら、2月の塩田の写真を見せてもらえました。せっかくですので「塩田(補足)」として掲載することにしました。
ツレサー・コンケーンの塩田は、バンコクの西でしたが、今回紹介する写真はバンコクから東の方向にあるバンナコン川河口付近の塩田です。
伺った話とともに写真を紹介します。
酸性硫酸塩地帯の調査の途中、塩田で働いている人が見えたので、車を止めました。塩田のそばに小屋がありましたが休み場所として使われているようです。この地区では、塩田で塩になるので、製塩するための釜などは必要ないようです。
②
働いていた人に聞いた話。
ローラーを引くのは、地面をならして塩をとりやすくするため。一度に塩を作ると人手が足りないので、順番に田に海水を張って、塩のとれる時期をずらしている。2週間くらいで干し上がり、塩をもらう。塩田1つの面の大きさは59歩×52歩くらい。1つの面からの収入は1万5千バーツから2万バーツ。
写真は海水を引き込むための堀(④)と取り込み口(⑤)。
この塩田は、海水を張ってから4日目。この海水をなめてみたら、とてもしょっぱくて、にがかったそうです。
バンコク近郊に広がる塩田は、近年、大きな転換期を迎えています。
20年くらい前から、多くの塩田が、エビ養殖所として使われるようになりました。ところが、エビの価格が下がった近年では、バンコクの経済成長を背景に、工場用地として使われるようになっています。売買価格は、100万バーツとも200万バーツとも聞きます。
写真⑧⑨は、ツレサ・コンケーンの塩田地帯で見かけた工場です。白い塀とマシンナリー・インダストリと書かれている看板がまだ新しく、最近建てられたもののようでした。広く平らな塩田は、工業用地としても有益な土地なのでしょう。タイで、自然の恵みとして「もらっていた塩」を作り続けてきた人たちが、土地を手放し、そこに建てられた工場で働くようになるのも、そう遠い時期ではないのかもしれません。(中島とみ子)
次回は、「朝粥店~ハジャイの朝(1)」です。
































最近のコメント