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2007年3月26日 (月)

スイス人の舟着き場~水上マーケット(6)

ラチャブリ県は観光客用に「RATCHABURI TOURIST MAP」を作っています。地図右下、椰子が描かれているところがラチャブリの水上マーケットです。
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私達がボートを予約した船着き場も椰子の木々の間にありました。
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この船着場はスイス出身の男性によって管理されていました
28年前にタイを訪れた彼は、タイを好きになり、タイの女性と結婚をしたそうです。そしてずっと住み続けているとのことです。
「タイは、暖かいし環境も良いところです。
でも、困ることが1つあります。

タイ好きの彼の口から聞かれたのは、ゴミのことでした。
タイの人は、どこにでもごみを捨ててしまうんです。ごみ入れ置いてもそこに捨てないで・・・。」「私の育ったスイスはそうではなかった。」と、悲しそうに話してくれました。

 

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そういえば、あちこちでペットボトルやスナック菓子の袋などのビニールごみを目にしました。

私が初めてタイを訪れた5年前のこと。食堂で、食べ終わった容器に紙を入れておいたら、容器を片付けに来た人がそれをポイと土間に捨てて、容器だけを片づけていったことがありました。

タイでは、日本でトイレットペーパーとして使うロール紙が、食堂でも家庭でも一般的に使われています。
なぜわざわざ土間に捨てるのか奇妙に思いましたが、水に溶けるこのロール紙は、タイのスコールに溶けてしまいます。
自然からの恵みで生活し、それをまた自然に帰すことによって環境に優しい自然循環が維持されます。大学でも、堆肥からガスや燃料を取り出す装置の研究開発や、自然の草木から殺虫剤などを作る研究なども行われていました。

観光地に多く捨てられているプラスチックやビニールゴミは、どんなに激しいスコールでも溶けずに残り、ゴミ問題を引き起こすことになります。
(中島とみ子)

次回は「マーケットの中心」です。

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2007年3月14日 (水)

ホームステイハウス~水上マーケット(5)

細い水路の途中で、中年女性のこぐボートに出会いました。
このボートは、観光客も売るための食べ物も乗っていない、小さいボートでした。その手慣れた漕ぎ方から、ボートが生活の一部になっていることがわかります。
お昼ちょっと前なので、ココナッツ椰子の栽培から帰るところかもしれない、あるいは買い物から戻る途中かもしれない・・・そんな女性の生活の一端が想像されました。

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ボートが生活の一部になっていることは、水路沿いのあちらこちらに、ボートを備えている家が見られることからもわかります。

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こうした光景を見て、私は日本の水屋を思い浮かべました。(水屋とは、大水がでた時のために、屋敷の高台につくられていた保管小屋のことです。そして、その水屋の軒下には退避用ボートが備えられてあったのです。昭和初期ころの日本の風景です。)
④に写っているボートは、とても小さいものなので、子供たちが遊ぶものなのかももしれません。

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水路の途中で私達のボートが止まりました。お店も何も近くにはありません。船頭さんが指さす方に目をやると、タイ風の屋根の建物が見えました(写真⑤)。
「これは、今年できたばかりのホームステイハウスで、中を見ることができるので、行ってみませんか?」と船頭さん。船をここに泊めて、案内してくれるというのです。水路の縁には、船をつなぎとめるための杭が打たれてありました。
私達が、船頭さんの申し出を断ると、ボートは再び進み始めました。
注意してまわりを見てみると、このあたりには、ホームステイハウスらしきものがたくさん見られました。まるで日本の別荘地のようでした。

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生活の形跡を写そうとした写真にも、その背後にホームステイハウスらしい建物が写っていました。
通訳の青年は、「ホームステイのできる家」といっていましたが、このあたりの建物は、ゲストハウスと呼ぶほうが適切なのではないかと思います。

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100年前に王様によって造られた水路が、いまでは観光地の一環として重要な位置づけを担っていることを、そこかしこに感じたのでした。(中島とみ子)


次回は「スイス人の船着き場」です。




 

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2007年3月 7日 (水)

水路にかかる橋 ~水上マーケット(4)

水路に架かる橋には、いろいろな表情がありました。

黄色と赤の旗で飾られた橋は、タイの王様とその奥さんの写真が掲げられ、タイの国旗と王様の旗とが立てられていました。その下の水路には、ハスのような水草が一面に広がっていました(①)。

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②の橋にかけられている緑や水色の看板は、道路標示のように見えます。橋の右側にはスネークショーの宣伝看板がありました(②)。橋にかけられているこれらの表示板や看板は、この水路がまるで道路のよう多くの人の交通に使われていることを思わせます。

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③の橋のそばには、たくさんの引き込み線を持つ電柱とテレビ塔が見えます。

橋の右下にはピーを祀る社もあります。

地域の人たちが暮らす水路に架かる橋のようです。

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水路の両側には人が水路沿いを歩けるような路が続いていて、そこに架かる小さな橋は、各家に引き込まれた水路を渡るためのものです。

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大きな水路には、大きな屋根付きの橋が架かっていました。

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大きな水路から再び細い水路に入った私達のボート

は、しばらく行くとスピードを落としました。

目の前に渡されている低い板橋で、進むことができ

なくなったのです。

どうするのだろう!!

すると、男性2人が出てきて、

その板橋を持ち上げるではありませんか。

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2人が持ち上げている橋の下を、私達はくぐり抜けました。
まるで、手動式の可動橋です。
写真の左側の建物はこの地域の集会所で、この橋を渡って地元の人々が集まるのだそうです。橋のたもとには、ボートもとまっていました。
地元の人のボートは橋の下をくぐり抜けられるのですが、観光客用の幌付きボートは、橋を持ち上げてもらわなければ通り抜けられなかったのです。
それにしても、ボートが来るたびに持ち上げるのは、とても大変だろうと思いましたが、この細い水路の先にも観光政策の1つがあったのです。
(中島とみ子)

次回は「ホームステイ?~水上マーケット(5)」です。

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